アニメ・第3回 早く安く作る一方、良いものを作りたいという情熱
2027年4月に新設されるマンガ・アニメクリエイション学科。アニメ部門の特別顧問に就任された森田宏幸先生から、業界を目指す皆さんへのメッセージをお届けします。森田先生はアニメーターを経て、スタジオジブリ作品の監督などを務められてきました。AI時代のアニメ業界の将来性や、アニメーターになるために必要な資質について、全6回にわたってお届けします。
少し視野を広げて、アニメの仕事の本質的なお話もさせてください。
若い皆さんは、生まれたときからアニメがあるのが当たり前なので、昔からある仕事のように思われるでしょう。しかし、絵画や音楽と違い、芸術分野では大変新しいものです。そして、いつも最新技術が反映されて来ました。
そもそも映画自体が近代以降、19世紀末の発明です。セルアニメのスタイルもかつての特許技術でした。トーキーの発明、テレビの発明、ビデオの発明、CG、ネット配信と、映像作品は急速に進化して来ました。
トーキーによって、音楽と映像の融合に成功し飛躍したのがディズニーです。音楽にのせて絵が豊かに動き続けるスタイルはフルアニメーションと呼ばれ、世界で愛されました。しかし、それと逆の表現スタイルを歩んだのが日本アニメです。
絵を動かさずに、マンガの表現形式を取り入れて、早く安く作る独自のスタイルを生み出しました。これはテレビの連続アニメ番組への対応の結果で、発明と言うより発想の転換でしたが、今に至る、日本アニメのスタイルを決定づけ、作品の量産によってお金を稼ぐという、産業の形も確立しました。
AIがアニメをより早く簡単に作ると言われると反発したくなりますが、そもそも日本アニメこそ、早く安く作って来た先駆者ですから、きまりが悪い話です。
とはいえ、それはあくまで大局的な話で、現場の作り手たちは、安く早く作ろうとばかりしたわけではなく、むしろ、ディズニーに負けないようなアニメを作りたいと、表現に磨きをかけて行ったんです。
私も動画で参加した大友克洋監督の『AKIRA』(1988年)には、絵を動かすのが好きな腕利きの原画の先輩たちが集まって、錚々たるものでした。
当時、テレビからビデオの時代に移り、絵を動かせる仕事も多かったのです。ただ、限度はあって、納品スケジュールに責任を負っているプロデューサーとは、厳しいやり取りがつきものでした。色さえついていれば、キャラの顔が多少違っても、動きが変でもどうでも良いみたいなことを言われてしまう仕事もありました。ただし、これはプロデューサーとのあいだで、どこまでこだわって、どこからは諦めるかの線引きをすり合わせるのが難しかったことにも原因がありました。 安く早く作らなければならない経済性と、良いもの、面白いものを作らなければならない、いや、作りたいという情熱を戦わせながら、アニメは作られて来たとも言えます。
森田宏幸先生 プロフィール
アニメーション作画・演出。1964年福岡生まれ。『AKIRA』(1988年)『PERFECT BLUE』(1997年)など多数の作品のアニメーター/スタジオジブリ『猫の恩返し』(2002年)、TVシリーズ『ぼくらの』(2007年)、『聖剣学院の魔剣使い』(2023年) 監督/『日本心理学会心理学叢書 アニメーションの心理学』(2019年)共著/東京工芸大学芸術学部アニメーション学科 教授(2024~2025年)